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びんごの見どころ

~今回は瀬戸内三十三観音巡り 「第二十四番 海潮山 磐台寺観音寺」 を取材しました。~

■「第二十四番 海潮山 磐台寺 観音堂」
           (福山市沼隈町大字能登原) <173>

通称阿伏兎観音 (崖上の観音堂は国の重要文化財)
通称阿伏兎観音 (崖上の観音堂は国の重要文化財)
観音堂への昇り口
観音堂への昇り口を岩に沿って左方向へ回ると岩陰から
綺麗な瀬戸内の海が銀波に光る。美しい風景です。
阿伏兎観音の案内板
阿伏兎観音の案内板
 沼隈半島突先の岬にある阿伏兎観音。観音堂へ登る回廊入り口付近から見上げると、崖の上にこじんまりとしたかわいいお堂が見える。あまり高くはないが、お堂から海を見下ろすと、足がすくむ。高さ10㍍余りの絶壁の上にある。外縁が雨水の水はけの為、海に向けて傾いている。足が滑りそうな感じで少し恐ろしい。
 江戸時代後期、寺を訪れた尾張の商人菱屋平七は「筑紫紀行」に 「数尋の下に青々たる海潮、足元に湧きかえりて、目も眩き、足の骨も痒きばかりなり」と書いている。
 南に田島が横たわり、その間の水道を船が往きかう。この阿伏兎の絶景は、江戸時代後期の風景画家広重の「六十余州名所図会」にも描かれ、昔から知られた名所であった。現在、国の名勝と「鞆の浦公園」の一部で、訪れる人も多い。
広島県重要文化財 磐台寺客殿
広島県重要文化財 磐台寺客殿
観音堂
観音堂 観音堂
 観音堂の本尊は、海から引き上げられた像、高さ7.80cmの 十一面観音。
 秘仏で開扉はしない。 天正(1570~1592)のころ、熊野三山を深く崇敬していた付近の漁夫次郎右衛門は、ある夢まくらに立った熊野の神から霊物を与えられると告げられた。そして阿伏兎沖で漁をしていたとき、石の観音を引き上げた。
 付いていた貝殻の中には、三十余種の古銭があった。これを奇瑞として岩上に仮安置した。江戸時代福山藩主水野勝成、続く阿部氏が航海の守護として深く信仰し、修復した。また、布で作った乳房を形どったものを供え、安産や乳が良くでるようにと、願いを叶えてくれる観音としても、信仰が深い。
観音堂から
観音堂 観音堂
磐台寺客殿の下は海岸。そこから見える風景
鞆の浦
阿伏兎観音からグリンラインを車で走ると、「鞆の浦」を美しく見ることが出来る。
 磐台寺は、寺伝によると西暦三年(992) 花山法皇によって建立され、哀微ののち室町時代に再建された。 航海守護の観音として有名。江戸時代から通る船が賽銭を投げ、住職が、柄の長いひしゃくで船から直接お賽銭を受け取った。
 現在でも、小さな船は、寺近くまで寄って寺内に投げ入れる。沖を通る貨物船は、汽笛を鳴らして航海安全を祈ることも多く、寺の人は白い布を振ってこれに答えるという。この付近は、田島・横島・百島などが連なり、出口のわからない口無しの泊まりといわれている。
 阿伏兎水道は、口無し瀬戸とも呼ばれ、その出入り口にあたる。
 昔、崖上の観音堂の明かりは、灯台の役目を果たしていたのであろう。
 磐台寺の祭りでにぎわうのは、八月九日の燈籠流しである。寺の住職の手造りの燈籠が八百余船上から流され、波間に点々と明かりを灯しながら消えてゆく。印象深い夏の風物詩である。燈籠流しの供養を求める人が多い。
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